2019年12月20日、映画『スター・ウォーズ / スカイウォーカーの夜明け』が公開される。映画史を代表する超大作「スター・ウォーズ」の完結編だけあって、一般的な映画では無い様々なプロモーション活動が行われているが、その1つが「手描き看板」だ。

看板を手掛けた北原邦明(きたはら くにあき)さんは、1978年にも「スター・ウォーズ エピソード4 / 新たなる希望」の手描き看板の制作に携わったという絵師である。今回は、約40年の時を経て再びスター・ウォーズに導かれた北原さんの職人芸とインタビューをお届けしよう。

・数少ない手描き看板絵師

若い人はご存じないかもしれないが、ほんの20年ほど前まで、映画の看板は多くが手描きであった。日本中の映画館に設置された、例えば「スター・ウォーズ」や「男はつらいよ」などの看板は、絵師と呼ばれる職人さんが1枚1枚手で描いていたのだ。

今回話を聞かせてくれた、北原さんは、いまや日本でも数少ない “手書き看板絵師” のお一人である。多いときには1年間で200作品もの絵を手掛けていたというから「手描き看板業界の巨匠」といっても過言ではあるまい。

その北原さんは1978年、東京・有楽町の映画館「日劇」に設置されたスター・ウォーズの第1作目「新たなる希望」の看板制作にも携わっていたというから驚きだ。今回は完結編となる「スカイウォーカーの夜明け」の手描き看板を制作し終えた、北原さんに話を伺うことができた。


・手描き看板があたり前だった時代


──本日はお時間いただきましてありがとうございます。不勉強で恐縮なのですが、そもそも手描き看板の絵師さんというのは、いつくらいが全盛期だったのでしょうか?

「うーん、20年くらい前まででしょうかね?」

──なるほど、20年前までですか。当時、絵師さん自体は何名くらいいらっしゃったのでしょうか?

「うちの会社だけでも5名くらいですね。絵師の他には文字を入れる職人と、看板の取り付けを担当する大工もいました」

──ふむふむ。でも当時は全て絵ですもんね? 映画館の数だけ職人さんがいらっしゃったということでしょうか?

「複数の劇場を掛け持ちしている絵師さんもいたので、一概にそうは言えないんですが、それなりに絵師がいたことは確かですね。ただ、同じ映画の絵を描いても同じ絵にはならないんですよ」

──ですよね。例えば有楽町でAという作品の絵を描いて、新宿でもAという作品の絵を描いたとして「新宿の方が上手くいったな」なんてことはあったのでしょうか?

「それはあったかもしれませんね(笑)」


・全盛期は年間200作品を制作


──なるほど。全盛期は年間200作品もの絵を描いたと伺っていますが、北原さんご自身はどのような作品が得意だったのでしょうか?

「やはり、その絵師さんによって得意、不得意はありますよね。僕はあまり変化がない絵は得意じゃありませんでした。逆に動きのあるアクション映画などは得意でしたね」

──変化のある絵ですか。それにしても年間200本って凄まじいですね。

「当時はほぼ毎日、1日中絵を描いていました。文字入れの職人は文字ばかり入れていましたね」

──映画の公開が集中する年末なんかは大変だったんじゃないですか?

「そうですね。とてもじゃないけれど描き切れない、ということもあったんですが、そういう時は徹夜で作業をしていました。ただ不思議なもので、どこかのタイミングでスイッチが入るんですよ。そうすると描くスピードがぐんと早くなるんですね」

──へぇ~~。

「普段はそこまで早くないんですけどね。本当に不思議なものです」

──ちなみに、時間がかかる作品の特徴とかってありますか?

「やっぱり、人物が多い作品は時間がかかりますよね。今回の “スター・ウォーズ / スカイウォーカーの夜明け” は人物が多いので、比較的時間がかかった方です」


・失敗した作品とは?


──そうなんですね。では次の質問です。お気に入りの作品は特にないと伺っていますが、逆に「ちょっと失敗しちゃったかもな」なんて作品はありますか?

「それはありますよ。印象深いのは “ハンニバル” ですね」

──ハンニバルですか。でも納期があったら納品しなきゃいけないですもんね?

「そうです、そうです。ハンニバルのレクター博士は悪人じゃないですか? 怖い顔にしなきゃいけなかったんですけど、妙に可愛い顔になっちゃったんですよね。あれは失敗したな(笑)」

──なるほど。でもそれも手描きならではですね。ちなみに絵は定期的に撤去されてしまうワケですよね? 寂しさみたいなものはありませんでしたか?

「特にないですね。本当に気に入ったものは取っておいたりしましたが、それもあまり見返さないですし。“いつでも描ける” という気持ちでいるので、あまり寂しくなかったのかもしれません」

──おお、カッコいい。では好きな映画なら描きやすい、観たことがないと描きにくい、などはあるのでしょうか?

「特に意識はしていませんが、ひょっとしたら集中力は違うのかもしれませんね。スター・ウォーズは好きな映画なので、集中して描けたんじゃないかと思います」

──元々、スター・ウォーズはお好きなんですか?

「やっぱり、初めて “新たなる希望” を観たときは圧倒されました。全身に鳥肌が立ったことを覚えています」

・今回の制作で特に意識したこと


──そうですか。今回、スカイウォーカーの夜明けの看板を手掛けるにあたり、特に意識したことなどはありますか?

「レイですね」

──レイを力強く描くということですか?

「実際のポスターは、レイも他のキャラクターも背景に溶け込んでいる感じなんですが、絵では肌色を強くしてキャラクターが浮き出るようにしました

──ああ、本当だ。確かに、確かに。


「基本的に看板は遠目で見られるものですから、実際のポスターとはやや表現が違ってきます」

──絵師さんならではのテクニックですね。ちなみに北原さんはお弟子さんを取らないと伺っていますが、理由をお伺いしていいでしょうか?

「まあ、絵の仕事がないですから。インクジェットが普及してから、絵の看板を描く機会はこういったイベントの時くらいになってしまいましたね」

──なるほど。寂しい気もするし、致し方ない気もしますね。

「インクジェットが普及し始めた頃、劇場からはハケ目を無くしてくれ、などの注文がありました。実際に時間もコストもインクジェットの方がかかりませんから、絵の仕事がなくなるのは仕方ないことだと思っています」

──うーむ。

「スカイウォーカーの夜明けの看板も、今回は2週間かかって完成しました。ただインクジェットなら2時間くらいで済むしょうか」


・職人の金言


──時代の流れなんでしょうね。ということは、今回の看板は久しぶりの手描きということになりますが、勘が鈍るようなことは無いのでしょうか?

「うーん、無いですね。あくまで個人的な感覚ですが、自転車に近いと思うんですよ。自転車は1度乗り方を覚えたら、しばらく乗らなくても乗り方は忘れませんよね? 絵も同じで1度覚えたらいつでも描けるものだと思っています。1度習得した技術ですから」

──金言ですね。職人魂が垣間見えました。

「いやいや。でも僕が就職した頃は、ニカワで絵の具を作る係から始まりました。その後、下書きをさせてもらって、徐々に絵を描かせてもらうようになったんですね」

──なんかいい世界ですね。やはり、他の職人さんが描いた絵を見て、勉強したり嫉妬したりしたのでしょうか?

「それはありますね。やっぱり、そういう気持ちがないと上手くならないですから

──でも、1978年の第1作目の看板をご担当されて、さらに最後の作品の看板も描くことになるとはスゴい縁ですね。

「本当にありがたいことです。また絵の看板が描ける機会があるといいですね」

──これもフォースの導きかもしれませんね。本日はどうもありがとうございました!


言葉の節々に職人魂を感じさせてくれた北原さん。特に「自転車と同じ論」には身震いした次第だ。なお、北原さんによる『スター・ウォーズ / スカイウォーカーの夜明け』の手描き看板が出来るまでのタイムラプス動画も、ぜひご覧になっていただきたい。

40年以上の時を経ていよいよ完結するスター・ウォーズ。この間、社会や文化、テクノロジー、そして看板の世界も大きく様変わりしたが、変わらない大切な何かを北原さんもスター・ウォーズも教えてくれたのではなかろうか。『スター・ウォーズ / スカイウォーカーの夜明け』は2019年12月20日公開だ。

参考リンク:映画「スター・ウォーズ / スカイウォーカーの夜明け」公式サイト
Report:P.K.サンジュン
Photo:RocketNews24.© 2019 and TM Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.

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▼なお、北原さんの手描き看板は日比谷に設置されている。