中国は近くて遠い国なんて言われるが、戦前は中国、とくに上海は「最も近い外国」であったことをご存知だろうか? 長崎からならパスポートなしで渡航可能。現地には10万人を越える日本人が住んでいたという。

さて、そんな上海の旧日本人街をブラついていると、どう見ても街から浮いている建物が現れる。異彩を放ちつつも、激しく見覚えがあるような……ってこれ本願寺や! 築地本願寺ソックリな建物が存在するのである。

・旧西本願寺・上海別院

ソックリといっても決してパクリではない。これは戦前の上海に、京都の西本願寺の “海外支店” として存在した「西本願寺・上海別院」の跡地だ。

虹口区乍浦路(さほろ / ザープールー)に位置。虹口区は戦前は日本人居住区が形成され、ここに10万人もの日本人が暮らしていたという。虹口と言えば、魯迅と内山書店の内山完造が親交を深めたのもこのエリアだ。

さて、話を戻して旧西本願寺。日本人設計士の岡野重久氏が設計、島津工作所によって1931年に竣工。まさに築地本願寺を模したつくりとなっており、当時の日本人の心の拠り所のひとつであったそう。

書籍『上海歴史ガイドマップ』によると、戦後は上海市と国民党軍により、図書館や博物館として運営。中華人民共和国成立後は区の体育倶楽部の管轄とお堅い利用が続いていた。そして現代……とても元宗教施設とは思えない姿に変貌していたのだ!

・元宗教施設とは思えない姿に!

私(沢井)は、このエリアに2003~4年頃から通っているのだが、この旧西本願寺は日本で万年スクールカースト下位にいた女子大生には非常に近寄りがたい場所だった。

日本でいうところの「風営法」案件な施設だったからだ! 「ディスコ」や「クラブ」と表現されているが、見たところ「カラオケ店」であったもよう。

中国の「カラオケ」というと、まぁ……アレだ。「同伴」や「アフター」なんて言葉が踊るアレ。店によっては行くところまでイケちゃうというが、元西本願寺の「カラオケ」がどの程度だったかは不明だ。

なぜなら潜入の機会を伺っているうちに閉店、業態が変わってしまったからである。「ショーパブ」へと。

・潜入してみた

西本願寺跡は、2015年頃から『The Pearl』というパブとして営業している。中に入ると、目に染みるほどの真っ赤な内装に、きらびやかな照明、光を受けてゆらゆらと揺れるお酒たち。日本にあるショーパブとは少し違う。映画『バーレスク』や『ムーランルージュ』に登場するような娯楽施設に近い業態だ。

我々が潜入した際は、プレ営業の期間中。残念ながらショーは行われていなかったが、欧米系の若者が快く迎えてくれた。ドラマ『LOST』に登場するベンジャミン・ライナスに激似な彼は支配人であるそうな。

ちなみに、2018年現在はまさに『バーレスク』的なショー、フレンチカンカン、キックボクシングの試合、コンサートなどなどありとあらゆるエンターテイメントが披露されているよう。チケットは200元前後(約3400円)とのことだ。

・現代に甦る魔都上海

1930年代、40年代の “豪華絢爛な無法地帯” の一面を持つ上海を思い起こさせる。マジ魔都上海。そして、お客さんが圧倒的に欧米人多しという点も、なんだか魔都上海……。

このご時世、決して中国人を排除しているわけでないが、結果的にオリエンタルで毒々しくきらびやかな世界に浸る外国人という光景が広がっていたのだった。

・思い切って聞いてみた「ここは日本人にとって重要な場所だったのだが」

すっかり毒気にやられてしまいそうだが、潜入調査に協力してくれた上海赤ふん保存協会・会長のショーロンポー・アツイ氏が、思い切った質問をしていたので紹介したい。

アツイ「ここはかつて、日本人にとって大変重要な場所だったのですが、ご存知ですか?」

すると……

支配人「それは知っている。内装はほとんど変えていないよ」

──とのことだった。使い勝手がいいためか、それとも一応、元宗教施設なので気をつかったのか……いや、市の「優秀歴史建築」に指定されているので、大がかりな改装はできなかったのかも。とにかく、内装はほぼ変えていないとのことだった。

ああ、あのステージにはきっと祭壇とかがあったんだろうなぁ。また、戦争末期には多くの日本人の遺骨が一時的に安置されていたという。そのような歴史を持つ場で、現在、夜な夜な退廃的なショーが行われているというのも……ああ、魔都ですなぁ。

・近所にも元寺院

外国人にとっては「東洋のパリ」、中国人にとっては苦い思い出もいっぱいな近代上海。そのなかで日本の宗教施設が「優秀歴史建築」に指定されたのは興味深いことだ。それほど美しく独特な建築物だったということだろう。文革期にブッダや像の彫り物は破壊されちゃったみたいだけど……。

そんな元西本願寺の隣の隣も元寺院だ。こちらは日蓮宗のお寺「本圀寺(ほんこくじ)」だった建物で、戦後、住宅として利用されている。

以前は1階が果物屋として営業していたのだが……なぜか看板にアニメ版『一休さん』がプリントされていた。一休さん、日蓮宗と関係あらへん。一休さんは臨済宗や。

・今回ご紹介した魔都の残り香

名称 旧西本願寺・上海別院(The Pearl
住所 上海市虹口区乍浦路471号

参考図書:『上海歴史ガイドマップ(大修館書店)』
参考リンク:上海市虹口区文物管理委员会
Report:沢井メグ
Photo:Rocketnews24.

こちらもどうぞ→沢井メグの『魔都上海案内

▼2013年頃はスポーツ関係の看板がかかげられていたが……

▼2015年に行ったときはショーパブ『The Pearl』になっていた

▼完全に『バーレスク』の世界!

▼パーティー会場としても利用可だそう

▼とても元宗教施設には見えないが


▼内装はほとんどさわっていないという

▼どう見ても祭壇ですね、ありがとうございました

▼そして前によく「公安」の車が停まってるんだよなぁ