非常事態というのは滅多に遭遇しないからこそ非常な事態なのですが、いざ直面してしまった時には平時以上に正確な対応が必要になるもの。滅多に無い機会に最高のパフォーマンスを求められるとか割と理不尽。

これに対し、「自分はやれる」的な自信を持ってる人は多いと思います。何を隠そう、筆者もそのたぐいでした。しかし、先日巻き込まれた非常事態でまさかの展開に。

詳しくは後述しますが、今回の件で重要な教訓を得ました。まず、緊急通報用の番号はスマホに登録しておいたほうがよさそう。そして、近所の表札に出ている名前を把握しておくことも、しないよりはいいと思います。

・深夜

事件が起きたのは8月のはじめ。時刻は午前2時から午前3時ごろ。激しい雨が降っていました。筆者が自宅で仕事をしていると、開けっ放しの窓の外から、何やら人の声に聞こえなくもない音が。

最初のうちは雨が金属製のものに当たって出る音だと思って、スルーしていました。しかし、その音はある程度一定の間隔をあけて聞こえてきます。

少し気になりだしたので、いったん作業を止めて窓辺へ。耳を澄ますと、どうやら女の人の声のよう。少し悲鳴じみて聞こえなくもないものの、そうでもない気もする……的な。熱帯に降るスコールじみた激しい雨で、よく聞き取れないのです。

その時点で筆者の下した判断は「雨音に紛れて近所で誰かが交尾している」というもの。筆者の住むエリアでは、夏の夜に土着のホモサピエンスたちによる交尾が、開放的環境下で行われがちなのです。

その後も声は聞こえ続けていましたが、無視して仕事に戻った筆者。そこから20分ほど経過したところで、それまで窓ガラスを激しく叩いた雨の音が弱まり、例の声がよりはっきり聞こえるように。

マジかよ、まだやってんのか? やれやれ、もう雨で声は消されないってのに……いや、この声の感じ……そういうのとは違うぞ。待てよ、何か言ってるのでは?

再び窓辺にて耳を澄ますと、女性の声で「助けてください」と言っているように聞こえます。最初は間違いかと思いましたが、5分ほど聞いて、間違いないと確信に至りました。

この時点で声の元に向かうつもりではありましたが、筆者の住むエリアは夜中の治安があまり良くありません。むしろ悪いほうです。助けを求める声で人をおびき寄せて襲う……的な罠の可能性もあります。

ということで、わが身に危険が降りかかる可能性を想定し、助けを求める声が聞こえることと、様子を見に行く旨をSNSに投稿。懐中電灯は持っていないので、動画撮影用のとても強力なライトをつけた、丈夫な一脚(脚が一本の三脚)などを装備。


https://instagram.com/p/CDUKV9gpdmx/


周辺の路地は、わりと無計画に敷かれた感満載。まだ雨は少し降っており、街灯もろくに無いため視界は劣悪でしたが、ライトはつけず、周囲の人の気配を探りながら息を殺して声の出どころを探しました。

10分ほど近辺をウロウロして、ようやく声の出どころを特定。どんどん声が小さく、弱々しくなっていたおかげで、むしろ聞こえる範囲が絞られ、位置の特定に至りました。

どうやら筆者の住む建物と隣の家の間の、幅60センチ程度の細い路地の奥から聞こえていた模様。入ったことはありませんが、激しい雨が降ると、よく水があふれてドブ川みたいになる路地です。

また、隣の家と言っても結構な高低差があり、「お隣さん」的な感じはありません。筆者の住む部屋からは、その路地沿いの家は屋根しか見えず、住人の姿を見たこともなく、近いけど無縁なエリアです。



路地は完全に真っ暗で何も見えなかったので、ライトを点灯。奥を照らしてみると、人が倒れているのが見えました。救助を求めていた人で間違いなさそう。


・突然のド忘れ

路地の奥で倒れていたのは、かなり高齢の女性でした。いつからその状態だったのかは不明ですが、少なくとも筆者が最初に声に気づいた(その時は無視しましたが)時から40分ほどが経過しています。

全身泥まみれで、激しい雨にも曝されていた(というか、恐らく雨の間その路地はドブ川のようになっていた)というのもあるでしょう。相当に体力を消耗しているようでした。

助けを求めていたことからも明らかに意識はありますが、自力では起き上がれない様子。老婦人は筆者に何か言ったようでしたが、正直言葉になっておらず、声量も小さすぎて聞き取れませんでした。

骨折や流血の有無はわからず、しかも会話による意思疎通は微妙な感じ。素人判断で抱き起したりすることにリスクを感じたため「動かないように。救急車を呼びますから」とだけ告げてスマホを手にしました。

老婦人を安心させようと笑顔で頷いたりしながら、筆者が自信を持って素早くダイヤルした番号は


911


電話はすぐにつながり、聞こえてきたのは「This is SoftBank. The emergency number you have dialed can not be completed from……」という英語の録音ボイス。

端的に言うと「その番号じゃねぇぞ」という内容です。そういや日本の救急車って911じゃないよなと、ようやく気付きました。一旦通話を切り、スマホ上で再びダイヤルパッドを開きました。

そして「あれ、救急車って何番だっけ?」と。救急車の番号が全く思い出せないのです。普段ならそんなことは無いと思いますが、この時にはどうにも思い出せませんでした。

ヤバいぞこれは。思っている以上に平静さを失い、スペックダウンしているな……と。そういう自己診断はできるわりに、肝心の救急車の番号は出てこないのです。

ようやく助けに来たヤツが救急車の番号を思い出せないなど、絶望的にも程があるでしょう。こちらを見ている老婦人に状況を気取られないよう、「ちょっと電波が繋がらないので、広い所に出ますね」とごまかしつつ、路地から出る筆者。

少しどうすべきか考えてググればいいことに気づき、ようやく救急車を呼べました。想定外のタイムロスです。結果的にはそこまで一分一秒を争うような状況ではなかったのが幸いでした。


・近所でも名前を知らない

後は救急隊員を待つだけと思いきや、そうでもありませんでした。電話で現場の住所を伝えただけでは足りないようで、より詳細な場所を知らせる必要があったのです。

電話の向こうのスタッフは、恐らく名前入りの住宅地図的なものを見ているのでしょう。「そこは〇〇さんのお宅のそばですか?」といった感じで聞いてきました。しかし筆者は近所づきあいなど皆無。昨今では割とあることだと思うのですが、名前を知っている家など周辺に一軒もありません

上の階の住民が、よく煙草を下に投げ捨ててくる日本語の通じないアジア系外国人であることや、同じ建物のどこかに日本語の通じない東南アジア系外国人が住んでいること。そしてネオナチズムに傾倒している東欧系の青年グループがどこか近くに住んでいること。これが筆者の知るご近所の全てです。

この時には幸いにも、少し気力を取り戻しつつあった老婦人が、自分の名前を筆者に伝えることができました。そして、そばの家がその老婦人の家であることも判明したため、どうにかなりました。

しかし、もし要救助者が意識を失っていたら、周辺の表札を確認して回る必要が出たでしょう。最近では一軒家であっても表札を出さないケースがあるため、更なるタイムロスにつながる可能性も考えられます。

その後は少しして到着した救急隊員に後を託しましたが、落ち着いてからしみじみと思いました。もし救急車の番号をド忘れしたとか、自宅のそばで詳細な場所を伝えられなかったことで最悪の結果になったりしてたら、寝ざめが悪過ぎるよなと。

ということで、すぐにスマホの電話帳に119番を登録。近所づきあいをする気は皆無ですが、とりあえず近辺の表札に出ている名前くらいは覚えておくことにしました。

何かあった時のためというか、実際に「何か」があって実感しました。どんなに自信に満ちていても、いざとなると思うようにはいかないもよう。

皆さんも、緊急通報用の番号のスマホへの登録(割とガチで)と、近所の家の名前の把握(住居によっては不要かも)はしておいた方がいいんじゃないかなって。

Report&Illust:江川資具
Photo:RocketNews24.