やればやるほどその深さが分かる音楽。私(中澤)は12年ほどライブハウスでバンド活動を続けているが、その間にも音楽の趣味は大分変わった。単純に好みに合うものから、フレーズやアレンジのウマさに惹かれるものまで、いまだ底は見えない

とは言え、初期衝動に適うものはないと思う。先日、私がバンドを始めたキッカケの1つであるLUNA SEAの1995年東京ドーム公演『LUNATIC TOKYO』を久しぶりに見ていたところ、今まで意識したことがなかった点に衝撃を受けた。ちょ、Jさんマジっすか!?

・全盛期のライブ映像

1995年と言えば、6枚目のシングル『DESIRE』がリリースされた年だ。『ROSIER』『TRUE BLUE』など、現在でもライブの中心となる曲のヒットからの『DESIRE』はもちろんオリコン初登場1位

そして、LUNA SEAも客もイケイケの中で開催されたのが初の東京ドームライブ『LUNATIC TOKYO』である。満を持しての東京ドーム。チケットは即日ソールドアウト。バンドもファンも噴火前のマグマのような熱さで、映像からは絶叫と勢いがあふれ出す。

・完全に仕上がっている

クライマックスはライブが始まって1時間30分くらいのところ。ギターSUGIZOここにありな『TIME IS DEAD』が終わった後、「もういっちょ行くぞー!」とヴォーカル・RYUICHIが煽る。

そして、始まるのは『ROSIER』! ギャー!! 「ロージア」の「ジア」と曲入りの「ジャジャッ!」がガッチリ合ってるのカッコ良すぎィィィイイイ

軽く笑えるレベルの仕上がりっぷりだ。他人の集まりであるバンドが、ここまで呼吸を合わせられることに感動すら覚える。さらに言うなら、合わせようとする意識が微塵も感じられないのもスゴイ。まるでバンドが1人の人間になり呼吸しているような極めて自然な同期。合わせるのではなく合ってる。

・衝撃

私が衝撃を受けたのは、そんな『ROSIER』の間奏部分だ。間奏には、ベース・Jの語りが入っているのだが、そう言えばここってライブでどうしてるんだろう

早い八分音符を弾きながら、リズムに乗ってない語りを入れるのはかなり難しい。言わば、別の楽器を違うリズムで同時に奏でるようなもので、楽器がウマイのとはまた違った領域である。だからって、このパートはサビの勢いが続く部分で、その勢いを引っ張っているのがベースのためブレたりしたら目立つ。

こういう時、語りを抜くバンドは多い。音源とライブは別と考え、一番ライブに影響が少ない部分を捨てるのである。楽器プレイヤーとしてはアリな決断だ。

次に、ヴォーカルが語るというケースもある。楽器を弾いていないRYUICHIが語るのだ。まあ、合理的な考えと言える。しかし、イケイケノリノリの噴火前のマグマであるLUNA SEAは……


ベースを捨てた


──Jがベースを止めて語りに専念したのである。いきなり無くなるベース音。ちょ、Jさんマジっすか!?

例えるなら、ゲーム開始直後にジェンガの1段目を速攻で2本抜かれた時のような掟破りかつ不条理なアレンジである。しかし、もっと驚いたのは、ベースが抜けたのが全く気にならないこと。微塵も勢いを失っていない。そして、語りが終わった直後にマイクスタンドを放り投げるJの兄貴。会場、ギャー!

メンバーがリハでやったら「いや、ベース弾けや」と突っ込んでしまいそうなこのライブアレンジ。だが、それでも成り立ってしまう圧倒的な何かがこの頃のLUNA SEAにはある。これがカリスマ……。

そんなLUNA SEAも今年30周年。5月31日と6月1日には日本武道館2daysが決まっている。果たして今のLUNA SEAはどういった進化を遂げているのか? 理屈抜きの衝動を期待している。

執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.